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退職前後の気持ち:土屋賢二「不要家族」

アラフォー無職おひとりさまの人生セミリタイヤ」は土屋賢二リスペクトを隠していませんが、土屋賢二の大ファンです。古本屋の100円均一コーナーで見かけたら買うくらいの大ファンです。

今回読んだ、「不要家族」は、2009年から2011年にかけて週刊文春に連載されていたエッセイ集ですが、ちょうどツチヤ教授が定年?退官して名誉教授になる過程が描かれていて、リタイアブログを書く身としてもいつも以上に楽しく読めました。

(あらすじ)
哲学の教育に身を捧げて35年、ついにお茶の水女子大学を退官したツチヤ教授。はたして元哲学教授に家庭内の使い道はあるのか?

実存的な苦悩にあえぎつつ涙で綴った天上のユーモア・エッセイ集。「根拠のない自信」「最近の若者へ」「最後の授業」「反省するキリギリス」など、全60編が読者の胸に迫る(ハズ)!

(感想)
定職をリタイアしても、文筆業などは忙しそうですが、やはりずっと続けてきた仕事を辞めるというので少し寂しさが感じられます(ユーモア・エッセイですが)。

この三月で定年退職になる。就職難の時代でも退職は簡単だ。たんに職場に行かなくなればいい。そう思っていたら、退職者説明会があるという。説明が必要なほど複雑なことなのかと思いながら説明会に出た。
「退職するのは難しい」p.36

最後の授業を終えると、安堵感と一抹の寂しさと解放感と微熱が残った。
「最後の授業」p.41

わたしがこれまで一番真剣に取り組んできたのはサボることだった。しかし定年退職したいまはサボるべき仕事がない。
「自分を律することは可能か」p.74


ここだけ抜き出してくると全面こんなトーンで書かれてるのかと勘違いしそうですが、ほかはいつもどおりの自虐ユーモアに溢れていて何も考えずに読めて何も残らないという素晴らしい出来です(いつものとおり)。

しかしやはり寂しさを感じます。寂しいことは悪いことではないですが。1つのことに打ち込むとこういった感情も得やすいのかもしれません。私は仕事を辞めて寂しいとはあまり思えていないので。強いてあげれば、最初の仕事を辞めたことは寂しさを感じました。やりたいと思っていた仕事につけたという、その思い入れの喪失感かもしれません。

退職してしばらくたつが、追い立てられるような毎日を送っている。先日ふと気がついた。追い立てられている場合ではない。今やわたしは暇なはずだ。本格的に暇と取り組む必要がある。

暇を敬遠する人もいるが、古代ギリシアの哲学者が考えたように、暇は人間が本来すべきことをする時間なのだ。

だが、もう一つの真理がある。「小人閑居して不善をなす」と言われる通り、つまらない人間は暇になるとロクなことをしないのだ。小人であるわたしには無視できない真理だ。
「立ちはだかるもの」p.102


ここは笑うに笑えないところですね。オフィシャルに仕事をやめてまだ半月しか経ってませんが、日々忙しくして腰痛を患ったり、働いていたのはもうずっと昔のような気分もしています。暇になりたいと思っていればそのうち暇になるんでしょうけれども、暇になるといろいろ考えてしまうことでしょう。上記の引用の最終段落にもありますが、そういうときは得てしてロクなことを思いつかないような気がします。

何事にも適度なストレスが刺激になるんでしょうね。自分で自分を律する必要が出てくるので、よほど客観性を失わないようにしないとおかしな方向に進む可能性があります。もしこのブログで新興宗教の教祖(あるいはナンバー2)的な発言が増えてきたら、その時はその宗教に入って財産を寄進すると幸せになれると思いますのでよろしくお願いします。

定年退職とアーリーリタイアということで違うところもありますが、打ち込んできたことを辞めるときにどんな気分になるのかをあまり暗くならずに体験できる本ですね。


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