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「やりがいのある仕事」という幻想(下):少しずつ縛られる人生

昨日掲載した森博嗣「「やりがいのある仕事」という幻想」の感想の続きです。第2章以降。今回で完結です。

本当はもっといろいろな箇所についての感想を書きたかったのですが、テーマからあまりにも外れているものは削除しました。長すぎるし、関心が持てたらこんな駄文を読むより本書を読んでいただいた方が良いと思います。




当たり前の話だが、仕事の目的は金を稼ぐことである。義務とか権利とかそういう難しい話をしているのではなく、ただ、この社会で生きていくためには、呼吸をするように、トイレにいくように、ものを食べるように、やはり「働くしかない」ということ。もう少し別の表現で言うと、生きていくには、「働くことが一番簡単な道」なのである。(p.63)

リスクをさほど取らずにお金を稼ぐには働くことが一番簡単だ、というのは、凡人にとってはそうでしょうね。私も手っ取り早くお金が欲しいので働いています。



 質素な生活ができる人は、ときどき適当に働いて、のんびり生きれば良い。贅沢な生活がしたい人は、ばりばり頑張って働いて、どんどん稼げば良い。いずれが偉いわけでもなく、片方が勝者で、もう一方は歯医者というわけではない。
 人それぞれに生き方が違う。自分の道というものがあるはずだ。道というからには、その先に目的地がある。目標のものだ。まずは、それをよく考えて、自分にとっての目標を持つことだ。(p.94)

これまで、そこそこ頑張って働いてきました(最近はそうでもないですが)。自分の時間を自由に使える状態になることを目標にして、もう少しだけこの道を歩んでいきたいと思います。
 自分の目標を達成した人が「成功者」で「勝ち組」(敢えて使っている)だと思います。

 45歳でアーリーリタイアメント 勝ち組?負け組?のtoshixrさんは、私にとっては紛れもなく勝ち組です。



 ある年齢になったら結婚をして、家族を持って、子供を育て、親の面倒を見て、というようなこれまでのライフスタイルは、いつまでもメジャではありえない。
 結婚しないと寂しい、という概念を植えつけようとするのは、結婚をすることで儲かる業界があるからだ。(中略)そういうところが、結婚しないと寂しいね、というキャッチコピィを世の中に広めている。知らず知らず、それらに支配されている人が多い。(中略)結婚したい相手がいるなら話は別だが、今目の前にそういう人がいないのに、なぜ寂しがらねばならないのか?(p.122)

はっとしました。私も上記の価値観に支配されていますね。最近はだんだんと脱却しつつありますが…。まだ結婚して、子供のいる家庭を築くという夢をほんのりと持っていたりします。縁があれば、というくらいで、縁を無理に創りだす段階はこのブログを開始する直前に終えましたが(爆)。

これについては、寂しさとは違う理由もあると思うんですけどね。別に私は一人で寂しくても構わないですが、結婚したいとは考えています…少なくとも最近までは考えていました。今は、リタイア>結婚になっていますが。



Q 働きたくないのですが……
「もしできるならば、働かずに自分がやりたいことだけをして人生を送りたいのですが、どうしたら良いですか? ベーシック・インカム早く導入して欲しいです」
(中略)
 やりたいことをするための準備というものがあるように、仕事だって、やりたいことをするための手段にすぎない。だから、やりたいことがあれば、仕事も自然にやりたいことに含まれるだろう。
(中略)
 ベーシック・インカムというのは、既に今の世の中には導入されていると考えた方が良い。最低限生きていくことはできるようになっている。ただ、手続きが面倒なだけだ(ベーシック・インカムが正式に実現しても、手続きはかなり面倒だろう)。(p.149)

なかなかの詭弁ですね。やりたいことをするための手段だから、仕事も自然にやりたいことに含まれる、というのはかなり乱暴で納得しがたい。やりたくなくても、やりたいことをするために耐えている、が良いところだと思います。

ベーシック・インカムについてはまだ勉強不足なのでコメントは控えますが、恥も外聞もかなぐり捨てれば働かずに生活保護を受けることが可能な日本に住んでいますので、こちらは解ります。自由が制限されますので、可能な限り避けたい選択肢です。働きたくないからベーシック・インカム導入希望というのは、みっともないからその状態を法律で確保したい、という意識が働いているのか。やはり、私が目指すのはFIRE(経済的独立によるアーリーリタイアメント)ですね。



 未来への不安は、生きていることとほぼ同じで、常に、どんな状況でもある。それがない人間は、はっきり言って馬鹿だと思う。
 この不安を和らげるためには、できるかぎり節約して未来に備えて蓄えるしかない。このように未来が不安になるのは、今が良い状態だからだ。悪い状態なら、未来のことなど考える余裕もないはずだからである。したがって、まさに今、未来への投資をすべきだと思う。(p.174)

ご本人は節約の必要性はあまりなさそうですが。
なるべく未来への不安を少なくしたいが、そのためには節約して未来に備えるしかない、とは、身も蓋もないですが、節制型リタイアを目指す身としては改めて肝に命じたいところです。あんまり節約できてないですが…。

老後が不安だ、という人は私の周りにもたくさんいますが、確かに今現在の生活がどうにもならないという風には見えません。人は、将来の幸せが今の幸せより大きく見えるように、将来の不幸も今の不幸よりも大きく見えるのか。不確定性という乗数がかかってるからかな。



 人気のある会社に就職し、人も羨む美形と結婚し、絵に描いたような過程を築き、マイホームを購入して、という生活を送っている人でも、人生のやりがいを見つけられない人がたくさんいる。
(中略)
 なかには、人生につかれたのか、自殺してしまった人もいる。仕事が上手くいかなかったというわけでもない。ローンはあるけれど、お金に困っていたわけでもない。ただ、会社、家族、子供、ローン、両親、いろいろなものに少しずつ縛られて、身動きができなくなっていた。気づいたら、自分の自由なんてどこにもなかった。(p.192)

心当たりが非常にある箇所。
子供の頃から人に褒められて、自分のしたいこと、自分が楽しいことというよりも、親が、親戚が、友人が褒めてくれるような、すこし背伸びした人生を選んで来たんじゃないかと今なら思える。
私の場合は、ふと緊張が切れた時に、家族も子供もローンもなく、会社に縛られなくても大丈夫かもしれない資産があった。しがらみは最小限だったので、じゃあ、もう少し我慢して仕事を辞めようと思えた。
これが、背伸びしたまま、家族や子供、ローンというしがらみを抱えていたら、ふくらはぎが耐え切れなくなったときにどうなっていたんだろう。絶望しながら20年近くも働き続けられただろうか。



 やはり、現代人が最も取り憑かれているものは、他人の目だろう。これは言葉どおり、他人が実際に見ているわけではない。ただ自分で、自分がどう見られているかを気にしすぎているだけだ。
 全然気にしないというのは、やや問題かもしれないが、現代人は、この「仮装他者」「仮装周囲」のようなものを自分の中に作ってしまっていて、それに対して神経質になっている。そのために金を使い、高いものを着たり、人に自慢できることを無理にしようとする。いつも周囲で話題にできるものを探している。その方法でしか、自分が楽しめなくなっている。(p.197)

Time is Moneyのキム・ヨンギュさんが、最近の「お金を使わないと楽しくないのか?」でも疑義を発しているところですね。自分の楽しさのために金を使うのではなく、人に見られる自分を飾るために金を使って楽しんでいると思い込んでいる。自分の楽しみのために金が必要になる人もいるでしょうが、そういう人は、多分、他の人が楽しむためにお金をかけなくても良い場合があるということを理解しているでしょう。

最近リタイア状態に入られた、45歳アーリーリタイアメント 勝ち組?負け組?のtoshixrさんも、「アーリーリタイアメントという選択」の中で、こう話されています。

でも、狂うといってもばかげたことをするということではなく、他人から見たら狂っていると思われることでも、自分の尺度で正しいと思うことをしろということです。この命題を事例ともに掘り下げています。

全てが全てそうであるとは思いませんが、かなりの部分はそれでいいと思っています。これまで人間の価値感というものは人それぞれ、人によってかなり違うということを実感しています。価値感が多様である以上、人に合わせる必要は無く、自分が正しいと思うことする。正論だと思います。

以前、正義についても書きましたが、正義を含めた価値観は人それぞれであり、人生の楽しみもそれぞれである。人の価値観におもねっても自分の価値観とは違うのだから、必ずしもそれが人生の楽しみとは一致しない、むしろ一致しない場合の方が多いでしょう。「狂う」というのが、「自分の価値観の尺度から外れている」という意味であれば、他人は多かれ少なかれ「狂っている」し、他人から見れば自分も多かれ少なかれ「狂っている」。はたから見たらすこし狂っていたとしても、その基準に従う必要はなく、自分の中の価値基準に従って生きていくのが、人生を楽しめる秘訣だということだ。もちろん、程度問題もあるが。

パウロ・コエーリョの「ベロニカは死ぬことにした」で、精神病院の中にいる人と、表で普通に生活をしている人の違いについて、自分の世界に住んでいるかどうかの違いだという話を思い出しました。

今回も760円のもとは取りましたね。


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コメント

Re: タイトルなし

>toshixrさん

そうなんですよね…ちょっと見まわってみましたが、やっぱり本来はFIERのようでした。
もしかしたら、形容詞的にFinancially Independent and Retired Early、的なものかもしれないですけど、少なくともこんなふうに書いているのはほとんどなかったので。

FIREの説明ありがとうございます。RとEが逆なんですね。

Re: タイトルなし

>toshixrさん

他のところでも言及されていましたが、他人の意見、考え方を許容する余裕を常に持っていたいですね。
FIREですが、Financial Independent and Early Retirementの略です。そのままだとFIERなんですけど、FIREの形で使われています。

明日はFIRECalcの記事なので、こちらもどうぞ。

またまた、取り上げて頂きありがとうございます。
世の中が変わり、価値感に多様性が出てきたのが今の状態だと思います。この過渡期にどのような価値感を持つかで生き方が変わってくるのではないでしょうか。

それからFIREという略語を始めてみました。後学のため何の略か教えて頂けないでしょうか。


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